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野球ごっこ

以前、初めてグローブを買ってもらったときのことを書いた。
その後の野球の記憶をたどると、引越し後になってしまう。

小学生の時、今の場所に都内から移ってきたのだ。
東京23区内から千葉県に移ったことはちょっとしたカルチャーショックだった。

まず最寄の鉄道が単線だった。
駅舎は古ぼけた木造で、駅の周囲の柵は古い枕木を立ててぐるりと囲ったものだった。
鉄道は駅の直前まで単線なのだが、上下線のすれ違い用にホームは上り下りの2つあった。
しかし駅舎以外の部分に屋根はなく、上りのホームから改札に来るためには線路上のホーム間の通路を渡って来るしかなく、横にすぐ踏切があったため定期券を持っている人たちはよくそのまま線路上を歩いて踏切から直接帰ったりしていた。

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新型インフルエンザとスポーツ観戦

さてと。

こういう状況になると不特定多数の人が集まる場所になかなか行きづらい。
特にコンサート会場や各スタジアム、ライブ会場、バーゲン会場など。

どこで鼻の中にウィルスを投入されるか分からないし、誰かのくしゃみとかで飛んできたウィルスがちょうど前歯の付け根くらいにくっつかないとも限らない。
そんなこと言い出したら電車の中の吊革だってなかなかつかむのがためらわれるし、ましてあの銀色の棒なんて表面に数百万単位のウィルスが付着しているのではないかとすら思われてしまう。

でもそんなこと言い出したらどこにも行けないし、何の活動もできなくなる。

親は普通に会社に行き、子供は普通に毎日小学校や幼稚園に行くのである。

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WBC2連覇の偉業

そりゃもう日本中この話題で持ちきりになるだろうなぁやっぱり。
それにしても本当にすごかった、日本の2連覇。
おめでとう!日本チーム!

そして敗れたとはいえ、やはりこの大会を通してもっとも日本チームを苦しめた韓国チームも準優勝に相応しいチームであったと言えると思う。

いやあ、もう本当に申し訳ないがほとんど仕事にならなかったね。
仕事のふりして速報を何度もクリックしてたね。
9回裏2アウトのところで
「これは優勝の瞬間を見届けてやろう。」
と思い立ってトイレに行ってワンセグをつけたら思いっきり同点にされてたし。

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WBCだのACLだの

いやあ本日のWBC日本対韓国戦。
残念だった。
そして韓国にはおめでとうを言いたい。
短期決戦でミスが出たら負け。
運も大きかった。
しかしまだ敗退ではないので、またまた(どうしてこうも同じチームとばっかりやるのか理解に苦しむが)キューバとの試合で勝てるよう応援したい。

個人的には日本にライバルチームなどいないと思っている。
マスコミが騒ぎすぎでしょ。

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WBCに見る「実力」

日本が普通にアジアラウンドを経てアメリカに渡った。
韓国にコールドで勝って「歴史的勝利」なんて喜んでいた人も大勢いたが、2位での通過である。
1位決定戦では韓国に敗れ2位だった。

前回のWBCのときも書いたと思うのだが(なんと!前回のWBCからこのブログはやっていた!)どっちが強いか、なんてのはほとんど意味がないと思う。
だって、これは大会の結果でしかないからね。

野球経験者の先輩が「そもそも日韓は同じレベルではない。」とブログに書いているのを読んだが、そこのところもやや曖昧だ。
先輩の意見に反論するわけではない。
実際のところはさすがにレベルは日本のほうが上なのだろう。
しかしこれは短期間の国際大会だ。

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越後湯沢の雪の中に君は・・・

週末、越後湯沢に行った。
かねてから構想していた「ファミリースキーツアー」を実現させたのである。

なんだかんだ言って最近は結構旅行好きのほうく、旅先で温泉に入ることが目的のほとんどではあるのだが、子供たちの初めてのスキーを企画したわけである。

東京駅から上越新幹線に乗って約1時間半。
そしてそこからシャトルバスに乗って湯沢中里に。
もう、まさにファミリースキーの王道を行く感じである。

と言っても初めてのスキーだけに、こっちは滑ろうなんてほとんど期待していない。
ま、もともとそんなに上手なほうでもないしスキー自体最後にやってから恐らく10年以上が経過していると思われるからだ。
最後にスキーをしたのは、あの幻のスキー場「ザウス」が最後かも・・・。

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魔法の言葉

嬉しかったことって人間って忘れないものだ。
ほうく自身も非常に単純な人間なので忘れない。
そうだな、褒められて伸びるタイプの人間かも。

むかーしむかし、その昔。
ほうくが中学3年生の頃だった。
外国から帰ってきたほうくはとある中学に途中から入った。

外国では日本人学校に行っていて、そこはこじんまりした学校だったので毎日ほぼ小学生なんかを相手にしていたので、突如中学3年の集団に入ったときはそれはそれは居心地の悪さを感じたものだった。
なんかヒゲとかはえそうな奴とかいるし、みんな背も高いし、遠くから目つき悪く睨んでくる奴とかいるし、結構毎日が新しい経験だった。

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転倒

3連休の週末、土曜・日曜と運動会に費やした。
正確に言うと土曜日の予定が雨で日曜になったので早起きと準備を二日連続でやって、しかも翌日運動会だから土曜日もどこにも行けず温存だったので二日間使った、ということだ。

長男の小学校の運動会は5月に行われ、次男の幼稚園の運動会は10月という、一年に二回、季節を変えて運動会を楽しめる。(?)

実は運動会には苦い思い出がある。

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五輪ピック?

さて、あっという間に北京オリンピックが迫った。
その直前にテロがあったり、いろいろ大変である。
中国は人工降雨ができるらしいが本当なんだろうか?
降ってくる雨が酸性だったりして・・・。

ということでスポーツの祭典であるオリンピック、この時のために必死の努力をしてきた選手の皆さんには是非、力を出し切れるように祈りたい。
そして、中国当局に望むのはその環境作りだ。
宣伝とかはいいから、選手たちが自分自身の力を存分に発揮できる環境を整えてもらいたい。
中国という国をこんなに大勢が注目し、訪れ、ことによると好きになってくれるかも知れない絶好のチャンスなんだから、それを生かさない手はない。
いつまでも閉じた論理でいると、あっという間に世界に流れてしまう。

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16年ぶり

男子バレーボールおめでとう!
ここのところ全くいいところがなくて最近オリンピックも出てないなぁなんて思っていたのだがなんと16年ぶりの出場なのだそうだ。

前回はバルセロナらしんだが、そこに出ていた経験があるのは38歳の荻野だけだそうだ。
それにしてもアルゼンチンは完全に格上らしいんだが、昔は別に南米なんて全然だったのに勢力地図が完全に塗り替わってしかも日本だけ蚊帳の外みたいな感じだったわけで。
真剣にオリンピック出場に後がないのはアルゼンチンも同じだったわけだが、昔ならずるずるいっちゃう展開もなんとかものにして出場決定だそうだ。

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聖なる火

スポーツは政治とは無縁である。

なんてことは全くない。

スポーツは常に政治に利用されている。
スポーツは商業主義にも汚染され、ドーピングにやられ、性別詐称にやられ、年齢詐称にやられ、審判にやられ、買収にやられ、道具の差にやられ、身長差にやられ、ルールにやられ、差別にやられる。

常にそうなのだ。

スポーツの祭典が平和の祭典だとは限らない。

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連休の黄金

すっかり間があいてしまった。
ほうくの世代の場合、当然のことながらこのインターネットというバーチャルな世界は後から出てきたものであるので、現実の世界(リアルの世界とでも言うのかな?)がそこそこ忙しいと、このバーチャル世界に出てくる時間がない。

それもまあ、世代というより人によるのかも知れないが。
ということで連休中もそれなりに忙しく、連休明けの仕事もまあまあ忙しかったためちょっと間があいてしまった。
といってもまあ10日もたっていないのだから本当に「自分で自分を褒めてあげたいです。」ということではあるのだが。

連休中って何やってたかな?
と思い出すと、なんと!
我が家に任天堂Wiiがやってきた。

並びましたよ、朝から。
先着30名様のチラシに惹かれて。
同じ方法でDSも4台ゲットしているしね。

ということで今のところWii Sportsにはまっているわけである。
だってそれしか持ってないし。
疲れて帰っても、下のテリー・ほうくが「やって、やって。」とせがむのだ。
本人がやるわけではないんだな、これが。
ソファに座って大声で応援するだけなのに。

それにしてもWii Sportsのボクシングはきつい。
最近妙に腕が痛いと思ったら、ボクシングの筋肉痛らしいのだ。
これって運動になっているのかな??
まあ、気分の問題かも知れないが。

そんな連休も明けて、昨日は朝から人間ドックだった。
よく「人間ドッグ」って書いている人もいるのだが、それだと「人間犬」だからね。
ということで昨日の夕方から今朝にかけてバリウム砲を発射しまくりなんだよ、ヤマトの諸君。

そんなところです。

サード長嶋の呪縛

今の若者世代は分からんが、そして既に「若者」と言っていること自体に多少の物悲しさを感じるが、我々の世代では野球と言えばほぼ巨人、そしてスーパースターと言えば長嶋、王だった。
もちろん住んでいる地域によって若干の違いはあるだろうが、関東地方に住んでいる限りにおいてはほぼそうだったと思う。
そういいながらほうくは現在は千葉ロッテのファンであるが。

テレビアニメでは「巨人の星」、「侍ジャイアンツ」の再放送がこれでもかこれでもかとされていて、長嶋、王は現役選手として登場していた。
とはいってもほうくが小学生の頃に長嶋は引退してしまったので、本当のバリバリの時期はもう少し上の世代の方がきっと詳しいのだろう。

さて、小学校から大学を卒業して現在に至るまで、例えば草野球、学校の体育の時間のソフトボールなどでは一つの法則があった。
みんなが特に事前の打合せもなく、自然な流れで守備に散るときにそれが起きる。
つまり「サードは一番うまいと思われている奴が守ることになる」法則である。

この場合、実際に一番うまいかどうかはほぼ問題ではない。
クラスで一番運動能力が高いと思われている奴。(野球の守備に限定した場合は不明。)
過去に野球部に所属していた人。(その野球部が強かったかどうかは問題ではない。)

そしてこの現象は、紛れもなく野球界のスーパースター長嶋茂雄の影響によるものに違いなかった。
だってよーく考えてみれば、必ずしもサードに一番うまい奴を持ってくることはないのだ。
でもやっぱりサードは自然とうまい奴が守ることになっており、暗黙の了解ができていたわけである。

一番最近にやった(と言っても数年前だが)社内のソフトボール大会においてもこの法則は厳然と存在し、サードは大学時代に野球部であったおっさんが守っていた。(ほうくより年上)
さすがに大学の野球部だけあってグラブ捌きも違ったし、まあ納得ではあったけどね。

さて、思い出して欲しい。
もしあなたが野球部に在籍したことがあり、子供のころから野球がうまいと認められていたとしたら、多分ピッチャーかサードをやった思い出しかないはずだ。
そしてあなたがそれほどでもないとしたら、子供の頃からピッチャーとサード以外のポジションしかやったことがないはず、となるわけである。
といっても当然人数の関係もあるけどね。

今の子供たちはどうなんだろう?
そもそも野球をやるのかという問題もあるのだが。
今のプロ野球を見ると、サードにスーパースターがいるようには思わない。
WBCでサードをやったのは今江、岩村あたりだったし、いい選手だが一番好きな選手というわけでもなさそうだ。
そう考えると、サード長嶋の呪縛にかかっているのは40歳代以上ということになるのかな。

ちなみに転校人生を歩んできたほうくであるが、高校3年間の体育のソフトボールの授業についてポジションを考えてみた。
なんと!
キャッチャー以外の全てのポジションをやった記憶がある。
もちろんサードもだ。ピッチャーもね。
この辺の感動の物語はまた別途。

運動会2006

先日、そう、あの1年に1回の祭典、某小学校の運動会が開催された。
この日のために集まったサポーターは約1500人。(概算。ほうく勝手に発表値。たぶん全然数は合っていない。)
そしてそこでは赤と白という日本全国を二分するチームの伝統の一戦が行われた。
この赤と白という二つのチームは全国で毎年熱戦を繰り広げており、他の追随を許さない日本を代表する2チームである。2006
ほうくもかつてはこの両チームに属していたことがあった。(たぶんみんなもね。)

ほうくの長男、ここで名前は仮に「ドリーほうくJr.」としておこう。
このドリーほうくJr.が幼稚園に入って以来、ほうくは運動会に参加してきたわけである。
しかし幼稚園までの運動会では、この伝統の赤対白という日本を二分する(しつこいか)チームでの対抗戦は行われず、どちらかというとお遊戯の延長線上にあって帽子の色も青であったり緑であったりだった。

そして今年からは小学校の運動会である。
一番上の学年は小学校六年生であり、来年から中学生という人たちに混じって参加するわけだ。
小学校の運動会ともなれば規模も大きくなり、体格も徐々に成長していくわけで走る姿もかなりさまになってきている。

ドリーほうくJr.の出番は、小学校1年生の徒競争と、学年でのダンス、そして玉入れという3種目。
ほうくはこの日、ウイルス性腸炎であったにも関わらず、下腹部の鋭い痛みに耐えながら息子の活躍を会社を休んで応援に来てしまった。

そして最初の徒競争。
ドリーほうくJr.は、幼稚園のときは4位が最高順位だった。(5人中)
そしてこの日、ピストルの音とともに走り出したドリーほうくJr.は、他の4人をみるみる引き離し、あっという間に1位でゴール!
まさに下馬評を覆す活躍だった。(どこに下馬評があったかは定かではない。)

考えてみればほうくも小学生のときは紅白リレーに出るくらい足は速かったのだ。
中学生以降にほうくと出会った人たちはあまり足の速い印象はないかも知れないが、要するにスタートに合わせるのがとても苦手だったのは確かである。
気分良くドリーほうくJr.の勇姿を見て、お腹の痛みもしばし忘れる。

あとはダンスと玉入れだったので、ドリーほうくJr.の活躍の場はそれほどなかったわけだが、やはり運動会ともなると親たちのビデオカメラがすごい。
みんなわが子の勇姿をカメラに収めようと必死だ。
たぶん実際に競技を生で見るより、液晶画面を見ている時間のほうが長いに違いない。
つまり親たちの運動会は小さな液晶画面の上で展開されていたわけだ。
ほうくも実はそんな感じだった。

かくして運動会2006は終了した。
この某小学校では、ドリーほうくJr.の活躍もあって赤が白に僅差で勝利した。

この運動会でもっとも印象に残ったのは、小学生自らによる実況放送である。
リレーなどで何度も口にされる「まさにカモシカのような脚です!」にはウケた。
同じフレーズを繰り返してくれるので、(早くカモシカって言えっ!!)と何度も思っていた。
意味はなんだったんだろう?
足が速いって意味か?
でも「カモシカのような脚」って細くてすらりとしている意味だと思っていたのだが、速く走るという意味で多用されるものなのだろうか?
答えは運動会2007で探そう。

WBCの奇跡

おめでとう、日本代表チーム!

正直なところ、盛り上がるかどうか今ひとつだったこの大会、おかげさまで日本は盛り上がった。
今日なんか外に出ていたものだから号外をもらってしまったくらいだ。

もう半ばあきらめていたところからタナボタでの準決勝進出、そしてあのキューバに打撃戦で勝つなんて、さすが日本のプロ選手たち、今までの戦いとは一味違う。

チーム作りも素晴らしかった。
スピードを重視して足のある選手たちを起用できた。
イチロー、西岡、川崎、そして後半は青木と。
パワーだけではない、野球の持つ醍醐味を堪能させてくれるチーム作り。
さすが世界の王監督。

それにしても千葉ロッテの選手、今回の決勝は良かった。
今江のセンター前ヒット。
西岡のセカンドへのプッシュバント、あの日本シリーズが甦った人も多かったはず。

松坂のピッチングも素晴らしかった。
日本の真骨頂はやはり投手力。
上原、松坂、渡辺、大塚、この辺りは非常に良かった。
今日は渡辺が捕まったり、藤田が一発いかれたりしたが、まあいいじゃないの、決勝なんだし、しかも勝っちゃったりしちゃったりなんかしたんだから。

しかし、あれだな、すべてのコメントが夜のニュース番組の映像からなのが悲しい。
つまり、今日も家族サービスに精を出していたのだ。
でも試合開始直後は見ていたし、外に出ても携帯でチェックしていた。
世の中便利になったもので。

いずれにしろ、今日一日はゆっくりこの優勝の味を味わおう。
そして次回がまた参加するにふさわしい大会になっているかを考えればいい。
今回参加した選手たちはかけがえのない経験をしたはずだ。
そして参加しなかった選手たちは・・・。

心配ないよ、きっと次があるさ。
それに活躍の場はここだけじゃない。

WBC再び

昨日でさようならと思ったWBCだが、代わりにアメリカがさようならとなった。
メキシコ戦でも例の審判が10番目のアメリカ選手としてホームランを取り消したようだが、メキシコの投手が素晴らしくて完全に抑えられてしまってはどうしようもない。

さて、一度冷めてしまったWBCへの熱だが、メキシコリードで終盤に突入したくらいからまたまた結構画面に釘付けとなっていた。
仕事しろよー、2日連続かよー、と思われていたかも知れない。

ボーナスのようにもらったこの準決勝進出、しかもアメリカが決勝まで強豪国(とアメリカが思っていた)と当たらないように作り上げたシステムにより、またまた韓国と対戦することになった。

しかしアメリカって国は自分たちが勝つためならどんなこともするねぇ。
決勝までドミニカとかベネズエラと絶対当たらないで、格下のメキシコやアジアの連中なんかを軽くやっつけて決勝進出と思っていたのだから。
しかも審判にも強力な奴を入れ込んで万全を尽くすとは。
さようなら、アメリカ。
君たちのいないWBCが、何となくすっきり晴れ渡った気がしたのはほうくだけか。

まあ、あまり意味のないことはこれくらいにして。
日本は4強となったわけで、しかも相手はまたまた韓国。
勝てば決勝進出、しかも3度目の正直のリベンジなるかといった具合。
同じ相手に3回負けるかどうかは分からないが、せっかくたなぼたの権利をもらったのだから、精一杯力を出して欲しいな。

千葉ロッテの選手たちに早く帰ってきて欲しいと昨日は書いたが、もうこうなったら世界一目指して行こうよ。
パリーグ制覇、日本一、アジア一、そして世界一を経験できるのはマリーンズの選手たちだけだ。

それにしてもプロ野球の開幕前にこんなに熱くなる試合があるのはいいかも。
それに今度の準決勝が日曜日だというのもいいね。
やっとテレビ画面で見られるじゃないか。

今度の試合のポイントはどこか??
ほうくは「今江のリベンジ」がキーになると見ているが、果たして・・・。

WBCは熱かったか?

結果的に1勝2敗でほとんど準決勝進出の可能性が消えた日本だが、今日の午後はちょっと仕事にならなかった人も多かったのではないか。
ほうくだけか?
少なくとも周囲の野球好きはPC画面に釘付けだったようだが。
仕事しろよ、って思ってるだろうな、

韓国と2回やって2敗。
正直な話、韓国には苦戦すると最初から思っていた。
去年の千葉ロッテのアジア一の試合見に行ったが、サムソンは結構手強かった印象がある。

韓国に今回負けたのは仕方がない。
点を取り合う競技だから、どちらかが勝つし、今日は韓国が勝利に値したということ。

しかしアメリカにも勝っていたかも知れないことを考えると、まあ残念だったかな、と。
ちょっとだけどね。
正直な話、アメリカが一番やりたがっていて、アメリカが優勝すると楽観的に思っていて、国際試合に自国の審判が主審というさすがアメリカ、何でもありねという状況だから。
勝手にやって、という感じだろうか。

韓国は素晴らしかったと思うし、去年まで千葉ロッテの一員だった李スンヨプの活躍はそこそこ嬉しい。
どっちのレベルが上かなんて、もうどうでもいいじゃないの。
アメリカにだって韓国は勝てるし、日本だってあの約束された誤審がなければ勝っていたかも知れないのだし。
だからアメリカが日本よりレベル低いかというと、そんな話はどうでもいいことで。

そういうことで急速にWBCに対する興味が薄れていき、開幕を控えた千葉ロッテに早く今回の戦士たちが合流することを望むのみだ。
日本が出ていないWBCに、申し訳ないが全然興味はない。

ほうくは野球好きじゃないのか?
だから言ってるでしょう、フェアなルールならまだしも、なのである。
それにイチローや松井の出ないアメリカ人同士の大リーグ中継、あなたは見ますか?
ほうくは決して見ない。
だって千葉ロッテのほうが燃えるもの。

下の名前で呼んで!

スポーツ選手の名前の呼び方ってさまざまだ。

一般的にサッカーは結構下の名前呼びが多かったりする。
「しゅんすけ」って言えば中村だし、「よしかつ」って言えば川口だ。
「ひで」は中田英寿だし、「しんじ」は小野だ。
なんだろう、この違和感。
サッカーのサポーターの皆さんにぼこぼこにされるかも知れないが、「しんじ」とか言う呼び方に共感できない。
だって「小野」って有名選手一人しかいないのになんで下の名前?
中田はまあ、分かる。中田浩二の存在があるからね。
川口は?まさかジュビロからFC東京に移籍した川口と区別しようなんて誰も思ってないよな??
だって日本代表戦のコールで、稲本は決して「じゅんいち」とは呼んでもらえないし、柳沢だって「あつし」とは呼ばれない。福西の「たかし」だってありえないだろう。
誰が呼び方決めてるんだ??

例えば「あいちゃん」と言われたとき、それが宮里藍なのか福原愛なのか分からん。
宮里って呼べよっ!!
だめ??

「さくら」なんて言われても、個人的に浮かぶのは倍賞千恵子じゃないかっ!!
ほうくだけ??
普通の人は横峯さくらなの???

なんて考え出すときりがない。

ちなみに野球の場合、千葉ロッテのパターンしか分からないのだが、やはり渡辺俊介は「しゅんすけ」だし、清水直行は「なおゆき」だ。
これは同姓が二人いる(いた)ことからだと思うが。
サブローは、まあ、もともと下の名前だしね。
でも松井を「ひでき」って呼んでいたか??

ちなみにサッカーは時間のないところで声出して呼びかけるので、通常短いあだ名で呼ぶことが多い。
これは分かる。
「ツネ!」とか「イナ!」とか。
長い名前だと呼びにくいから大抵2文字か3文字のあだ名で呼ぶ。
応援は時間あると思うし、「しんじがさあ。」なんて呼んでる人には「知り合いなの?」と言いたくなるんだよなぁ。

ちなみにイチローがブレイクしたとき、ほうくは外国にいて、新聞で読むその活躍に、「ずいぶん日本人ぽい名前の外人がいるんだなあ。」と思っていた。
新聞の写真って思いのほか顔とか分からないし。
新聞だってわざわざ「日本人です。」とは書いてなかったしね。

スケートの悪夢

先日久しぶりにスケートに行った。
どれだけ久しぶりかと言うと・・・。

小学校3年生の時に船橋ヘルスセンターで滑って以来という実に31年ぶりの久しぶりだった。
子どもの幼稚園の行事の一環で、親子でスケートということになったのだ。
ここはほうくの出番だろう。
こう見えてバランス感覚はなかなかのものだ。
スキーの感覚で軽く対応できるだろう。
息子に父親の勇姿を見せてやろうじゃないか。

・・・・・・。

スケート恐るべし。
靴をはいたまでは別にどうってことない。
しかしあのつるつるの氷の表面に出ると、滑るじゃないかっ!!(当たり前か。)
危ないじゃないかっ!!
しかも転ぶと、雪とは違って硬い氷が容赦なくこの身を打ち付ける。
痛い・・・。
痛すぎる・・・。

しかも子どもと言えば、確かにすいすいではないが幼稚園で何度かやっているのでちょこちょこ歩きながらそれほど転ばずに進んでいる。
神よ・・・。

周囲を見回すと、息も絶え絶えのほうくを横目に、お父さんお母さんたちが華麗に子どもの手を引いて滑っている。
そう、はなから初心者の親たちはこのスケートリンクには登場しないのだ。
ある意味いつでも挑戦者であり続けるほうくは31年ぶりに(というか初めてに等しい)スケートに挑戦してしまって現在勝利への過程にあるわけだ。(決して敗れ去っているわけではない。)

2時間後。
ある程度の手応えを胸にほうくはリンクを後にした。
また来るぞスケートリンクよ。
そしてその時は覚悟しておけ!
お前の表面をこの鋭い歯でぎっしぎしに削ってやる!!

寒空の下に誓うほうくであった。

新たなる戦い

謹賀新年。
すっかり新しい年を迎えて会社も始まってしまった。

年末は一挙再放送のドラマ「女王の教室」に見入ってしまい、その2日目に突然子供が転んで流血の惨事となったため、大晦日にやっている医者をネットで探して行き、1時間半待ち。
突然の医者行きだったので録画の準備ができず最終回を見逃すという最悪の結果になった。
見たいなあ、「女王の教室」の最終回。

そして大晦日の夜は2画面でPRIDEとK-1を並列にして左右を切り替えながら鑑賞。
やはり吉田は強かった。
そしてボビー(バレンタインではないよ)の善戦と曙の苦しみも観戦。
「神の子」KID対須藤元気の試合とか、所がホイス・グレイシーに善戦した試合も見てしまった。
これには嫁から不満の声が。
2画面の両方が殴りあったり寝転がったり、流血したりという場面なのだから・・・。

そして明けて2006年元旦。
いつものように天皇杯を見たが、これも2画面の右の音声が出ないほう。
左画面では子供と一緒にドラえもんの日本一周旅行ゲームをやっていた。
サッカーはドラえもんに勝てない・・・。

もっとも浦和対清水なのでなんとなく浦和の勝ちは予想していたのでそれほど白熱しなかったのだが。
浦和はマリッチと契約しないようだが、この選手、結構いいと思うんだけど。
ブッフバルトの意向に合わないのだろうか。もう他のチームに移籍の噂もあるようなのでもうちょっと日本で見られるかも。

ということでワールドカップの年2006年が始まった。
日本代表がドイツに行き、千葉ロッテマリーンズが2連覇に挑み、ほうくはブログ2年目に挑む。
また新たなる戦いが今年も始まる。
スポーツ観戦に行きたい気持ちと家族の視線との戦い。
子供のアニメ鑑賞とスポーツ観戦のテレビでの戦い。
ワールドカップだって下手すればクレヨンしんちゃんとかに負けてしまうかも知れない弱さだが、可能性のある限り挑戦し続ける気持ちを忘れずにいこう。

現代に十六文キック

ジャイアント馬場が好きだった。
よく、ものまねもしたものだった。
高校時代、電車の中で友達と一緒に馬場のまねをしていたら、そばに座っていたおばさんに学校名を聞かれてしまった。
そんな恥ずかしい思いもしている。

馬場、鶴田組対ブッチャー、キラー・トーア・カマタ組の試合とか良く見ていた。
学校で突然「地獄突きーっ!!」とか言ってのどを突いてくる奴とかいた。
プロレス、特に全日は結構楽しい平和な世界だったのかも知れない。
学校で、「馬場がハンセンとやったら絶対殺されてしまう。」なんて冗談で言っていたら本当にハンセンが全日にやってきて、あの馬場といい試合していたのだから。

最近は毎年、年末にテレビで格闘技のイベントが放映されて、視聴率もかなり稼いでいるらしい。
昔のプロレスと違って全試合ガチンコで興奮のボルテージも上がろうものだ。
(昔のプロレスがガチンコじゃなかったと言いたいわけではない。念のため。)

でも、あのジャイアント馬場の様式美はそれはそれで美しいものだった。
だってドロップキックしただけで、「出たぁ!32文ロケット砲だぁっ!!」って。
かわずがけで勝っちゃったりするのって、いったい・・・。
たまに強敵とやるときは必殺のランニング・ネック・ブリーカー・ドロップなんて技であの馬場もロープ使って俊敏に動くのだが、あの寸止めに見えるチョップが本当に痛いのか、ちょっと笑いながら見ていたものだ。

そう、生きる伝説だったのである。
動くだけで涙出る世界だったのだ。
今の格闘技は早すぎるよ。
やっぱり技の名前も粋じゃないの、「脳天唐竹割り」とか。
今はそれぞれの世界の垣根がどんどんなくなって、柔道も空手もボクシングも相撲も同じリングで戦ったりするわけだが、個人的には馬場の様式美、好きだったな。

でも年末見るよ。
柔道対決見る。
小川はプロレスとして出るとか言っているが、相手との息もあるからね、プロレスって。

もしも馬場の時代にプライドとかあったら、馬場は出ただろうか?
きっと出ないんだろうな。それより葉巻くゆらしてテレビで見てるんだろう、きっと。

ある日突然始まるその競技とは

その競技は唐突に始まる。
電車の中で、車の中で、あるいは道を歩いているとき、人は突如としてその競技が始まったことに気付き、自分がその瞬間から選手になったことを自覚するのだ。

その競技の目的とは、「ゴールすること。」である。
ゴールは自分自身で設定する必要がある。
過去の記憶、経験からできる限り短時間で自分のゴールを設定する必要がある。
しかし最初に設定したゴールを急遽変更することも可能だ。
なぜなら時間との勝負がもっとも勝利に近い道であるからだ。
周囲にゴールへのヒントが隠されている場合もある。
経験からもっとも近いゴールを導き出すこともある。

ゴールはサドンデス方式である。
勝つか負けるか、結果は二つに一つ。引き分けはよほどのことを除きありえない。
勝ちはゴールを決めることであるが、負けは「オウンゴール」である。
しかも敗北には決定的なリスクがある。
人間の尊厳を賭けた戦いなのだ。
負けるということは、人としての価値を否定されることに等しい。
恐ろしい戦いだ。
決して負けは許されない。

ゴールを駅に設定したとしよう。
駅にはリスクが存在する。
限りなくゴールに対する欲求が突き上げてくるにも関わらず、「待たなければならない」事態に陥ることがあるのだ。
目を血走らせ、若干顔も青ざめたゴールハンターたちが、限られたゴールマウスに押し寄せ、自分の番が回ってくるのを待っているのだ。
やっと自分の番が来たとしても、前の選手がゴールマウスを外している場合がある。
その決定力のなさに舌打ちをしながら、自分も時間もスペースもない中、最大限の決定力を発揮してシュートするのだ。枠に飛ばさなければならない。
冷静に。
チャンスは一度きり。
前の選手はオウンゴールはぎりぎり回避したが、ゴールを決められなかった。壮絶な引き分けであったらしい。よほどのことだったのだろう。
ジーコが「日本人はゴール前で焦ってしまう。」と、その決定力のなさを表現したことがあったが、日本の場合、欧米と違ってミドルシュートになる場合が多く、不安定な姿勢でシュートせざるを得ないことも決定力に影響していることを認識する必要がある。
そこで決めたゴールの快感は何物にも代えがたいのではあるが。

決して負けることの許されない競技。
それはすなわち自分自身との戦いなのだ。
真のアスリートは必ず自分自身に打ち勝たなくてはならない。
負けはすなわち、そこから家までの気の遠くなるような距離をどうするのかという絶望への転落を意味する。

電車の中で時々目を閉じて脂汗を流している者や、道を妙な中腰で時折小走りをしては急に立ち止まったりしている者を見かけたら、是非その瞬間サポーターとなって心の中で「頑張れ!」と応援して欲しい。
その人は今、敗北の許されない戦いを戦っているのだ。
ゴールに向かって、思うように動かない体を必死に引きずっているのだ。

明日はあなたがこの競技に挑むことになるかも知れない。
そのとき、弱気になってはいけない。
数知れぬアスリートたちが語るように、「経験と自信」があなたの助けとなるだろうから。

「絶対に負けられない戦いがそこにはある。WC」(ワールドカップではない。)

女子バレー見ちゃうぞ

やっぱり女子バレー見るだろう。
菅山かわいいっ!!(そういうのばっかだな。)
杉山、大友もいい。(かわいいとは言っていない。選手としていい。)
ということでフジテレビに金をもらっているわけでも何でもないのだが、やっぱりモントリオールの金メダルを知っている世代としては、どうしても女子バレー頑張って欲しいと思ってしまう。
ちなみに70になる母親は毎試合テレビにかじりついて見ているという事実。スポーツ好きは「血」なのだと遺伝子の驚異を感じる今日この頃だったりする。

日本の選手は体格でどうしても劣ってしまう。逆に大友や杉山くらいでかい女の子が良くぞバレーボールをやっているものだと感心してしまうくらいだ。
菅山169センチ?これは驚き。それで活躍するのだから日本の女子バレー恐るべし。

ちなみにテレビで見たが、日本のバレーボールは必殺技の開発に尽きるそうだ。
なんだか知らないが、「大友のブロードッッ!!」なんて普通に聞いているが、きっと開発したときは驚異の技だったに違いない。
残念ながら真似されるときついのだが。

森田の一人時間差攻撃。
猫田の天井サーブ。(これは果たして必殺技だったのか?)
今回の女子では大友のバックブロードが炸裂しているらしい。(風の便りに聞いたのだが。)
そう言えばいきなりツーで打つ大林の必殺技もテレビで1回目撃したことがある。

女子バレーは華がないといけないのだが、菅山は素晴らしい。華がある。169センチは女性としてもOKだぞっ!(個人的見解のため、気にしないようにしよう。)
ほうくが大学生の頃、あの三屋選手を目撃したことがあるが、背が高すぎて女性だと認識できなかった。ジャージを着ていたせいもあったのだろうが、完全に男だと思っていた。すいません。177センチとテレビには表示してあったと記憶しているが。

そういうわけで日程も何もかも全く知らずに見ている女子バレー、今度は金曜からだそうだ。
もちろんフジテレビに金なんかもらっていないが、見ちゃうぞ、きっと。
サッカー、野球と重なったら?
うーん、チャンネル変えながら見ちゃうぞ!
それで勘弁してくれ!

非日常へのダイブ

誰しも日常生活だけでは面白くない。
日常生活以外の世界を求めるものだ。
ほうくの場合、例えばスタジアムに野球を見に行く、サッカーを見に行く、あるいは映画館に映画を見に行く。
人によっては、テレビの連続ドラマを楽しむ、本を読む、ゲームにのめりこむ、などなど。マンガを読む、でもいい。

なんだろう?
潤い?
朝起きて、ご飯食べて、仕事行って家に帰って、飯食って、風呂入って寝る。
確かにこんな生活だけを毎日毎日続けていたら、きっとダメになる。
恋人に傷つけられた、上司にむかついた、嫁さんが厳しい、そんなことを一瞬でも忘れられる時間、元気をもらう時間、普段の生活では目にすることのない時間、そんなものを求めているのかも知れない。

だから中村のフリーキック、すげえ!みたいなところで興奮したりして。
ちょっと買い物に行って「へえ、こんなの今流行ってるんだぁ。」とか。
ちょっと都心に行って、「いいなあ若い女の子はぁ。」みたいなオヤジ的な喜びとか。

人それぞれ非日常に求めるものは違うだろうし、それへの対応も違うと思う。
たまにしか非日常世界に触れない人もいるだろうし、例えば旅行先が気に入ってそこに住んでしまう人もいるだろう。

昔、なんかの本で読んだが、今ある自分は自分の望んだ姿だということらしい。
つまり、今までの人生で数え切れないくらいの選択があったが、それは自分自身で選択してきたため、現在の自分が存在するという理屈だ。
もちろん事故や、急病とか災害とか自分の制御できない事態は別の話だと思うが。

なんで今回はこんな感じかというと、昔の円谷プロシリーズの「ウルトラQ」の「あけてくれ!」という話が好きなのだ。昨日も今回のネタのためにちょっと見直してしまった。

簡単に言うと、さえない中年サラリーマンが現実とは別次元の世界へジャンプする列車に偶然に乗ってしまい、それは普段自分が言っている「ここではないどこかへ行きたい。」という望みがかなうにも関わらず、結局自分の今までの過去を見せられて「あけてくれ!」といっておろしてもらう。しかし現実の世界は家族ともうまくいかず、職場でも追いやられていて結局、その日に会社を辞めて夜の空に「乗せていってくれぇ!!」と叫ぶというものだ。
脚本があの小山内美江子という作品でこれが40年くらい前のテレビなのだからびっくりという内容だ。

誰しも「ここではないどこか」に対する憧れを持っている。その非日常との関わり方は人によってさまざまだろう。
けれど「現実」もまた確かに存在し、無視できないものだ。
その折り合いって結構難しいし、そのバランスを崩すときっとウルトラQの世界に入ってしまうのだ。

あなたは大丈夫ですか?

ちょっと石坂浩二風ナレーションを想像してね。

奇跡の出会い

間違いなく世界最高のサッカー選手のDNAを持つ女性がいたとする。
それはもう、子供ができればもう間違いなく世界最高のサッカー選手の一人となる遺伝子を持っている。
あとは、その子の父親となる人と出会うだけ。

そして・・・・。

その女性は独身のままだった・・・。


ここに間違いなく野球をやらせたら、世界最高の選手となるであろう子供がいる。
それはもう間違いなく才能にあふれている、素晴らしい未来が約束された子供だ。

しかし・・・。

その子はカーリングのブラシでごしごしやることを選んでしまった・・・。
野球をやればそれはもう、間違いなかったのに・・・。


そんなことを考えてしまったことが何度かある。
例えばロナウジーニョがF1ドライバーを目指してしまったら・・・。
きっとぼくらはあんなプレイを、ノールック・パスを、味方に合わせようとしたら直接入ってしまって後から「狙った。」といったFKを見ることはなかったかも知れない。

ゴジラ松井がスキーのジャンプを選択していたら・・・。
中田が水球を選んでいたら・・・。

そう考えると、競技との出会いのチャンスは多いほうがいいかも知れない。
だってサッカーだけ来る日も来る日もやって、結局自分に才能がないことに気がつくのが遅かったら・・・。

アーチェリーを昔やっていたときは、特に女性なんかは運動経験なしの妙に勉強の成績が良い子なんかが始めてなんだかものすごく上手になっていて感心したものだ。
走ったら絶対クラスでビリだろお前、みたいな子がアーチェリーでは輝いたりしていたのだ。

好奇心。

これって必要だね。
いろんなことに興味を持つ。いろんなものを自分で見てみる。
例えばそれが運動競技なら。
そこに奇跡の出会いがあるかも知れないんだからね。

メガネとスポーツ

メガネをかけている子は「博士」とか「先生」とか、ひどい場合は単に「メガネ」とかほんとにワンパターンなあだ名で呼ばれることが多い。特に小学生だったりすると余計にそうだ。
そしてイメージ的に「運動だめお」君的な扱いを受けることが多い。
例にもれず小学校3年生からメガネを着用していたほうくは、新しい環境に入る時に必ずそういう扱いを受けていたものだ。

メガネをかけていると確かに運動はしづらい。視野も狭まるし「メガネを壊してしまったらどうしよう。」的な発想と周りの「運動だめお」君的な扱い方によって余計に自分自身は運動に不向きであるという暗示がかかった状態になりやすいものだ。
そういう思い込みが余計にひとつひとつの行動を萎縮させ、更に運動はだめだという確認作業に入らせてしまうこともしばしばである。
しかしこれって完全にイメージだけの世界なのだが。みんな完全にドラえもんののび太というキャラクターの存在に惑わされている。

スポーツ界を見てみると視力の悪いアスリートは多い。インテルのダービッツ、ヤクルトの古田、千葉ロッテなんて小宮山、初芝、小坂がメガネだ。タイガー・ウッズだって視力が悪いため矯正手術をしたくらいである。その前まではコンタクトで風が強い日はほこりに苦しめられたらしい。

メガネだからという理由で運動能力が劣るということはないのだ、全国のメガネくん!(思いっきり「メガネくん」って言っているが。)

ひとつの集団があった場合、必ずそこで自分のポジション探しが始まり、例えば勉強でのポジション、運動でのポジション、「あいつには負けるが、こいつには絶対勝ってる。」的な位置を見つけてそこに落ち着こうとする。
でもこれって実はとても曖昧で不安定な位置であるのに、結構現実を知るまではその位置に安住する場合が多いものだ。

メガネくんは運動に関しての位置を下位に置かれる場合がほとんどだが、実はこれ、発想を変えれば結構楽な位置なのだ。
その位置が自分の位置だと思わなければ、いくらだって自分が上位と思っている連中を驚かせることができるのだ。

高校の頃体育の時間でバレーボールをやっていたとき、当校の弱小バレー部の奴にスパイクの担当が集中して回ってきていた。そいつがその時間のバレーボールで最上位の位置であると同じチームの連中が考えたからだ。
さて、メガネくんだったほうくは、全部のボールがそいつに回るのを見て、ちょっとブロックに飛んでみようかなと考えた。実はそいつは大して身長はなかったし、スパイクっていってもそれほどでもないことに気がついたからだ。それにそれまでブロックに飛ぶという行為がその時間には行われていない未知の行動でもあった。
するとそのバレーボールの時間に史上初のブロックが見事に決まり、バレー部の奴は「俺はセッターだから。」みたいな言い訳をごにょごにょ言っていた。
暗黙の位置関係が変わった瞬間だったと言えるかも知れない。
メガネくんだったほうくはバレーボールが上手だったとは言えないが、周りが思うほど下位ではないことを示すことはできた。バレー部の奴が周りが思うほど上位ではないことも分かった。要するにそんなポジションなんてほとんどイメージの世界だったということだ。

運動するときにメガネかどうかは関係ない。(かけていないほうが条件的には良いけれど。)
要するに先入観にとらわれず自分の運動能力を発揮する意思を持つかどうかだけが問題なのだ。メガネのせいにしてしまうのは逃げ道である。メガネだからってなめられるな。
最近は小宮山みたいなゴーグルもあるみたいだし、それつけてやるのもかっこいいかも。
メガネの古田が2000本安打だ。
できるぞ、メガネくん!君にもできる!

今度は背筋が

筋肉痛の痛みがひくのを待っていたら、今度は背筋が痛い。
ボウリングをやったときにちょっと痛めたらしい。
スケジュール的には明日最後の打ちっぱなし調整を予定しているのに・・・。

今まで秘密にしていたが、今年に入ってからほぼ毎日のように筋トレをしている。
といっても寝る前なので眠いし、精神力も弱っているし、トレーニングの先の目標も今ひとつ見えていないのでともすれば途切れそうになるのをなんとか維持している。

回数を少なく毎日やればいいんだっ!!

ということに気がついたのが今年の初めなのだから今まで一体なんだったのか。
たまに思い出したように学生時代のような回数のトレーニングをやって疲れて全然やらない期間があって、また思い出してやる。
そんなことを2年間くらいやっていたのだ。

頭使っていこう。

そういえば全然話は変わるが、千葉ロッテ7連勝だ。
まいったな、優勝しちゃうんじゃないの??
もう、ほんとに強いんだから。

GW前の本日のJリーグ。
応援したいと以前書いた3チームが合計で2勝1分け。

やっぱりスポーツの季節はいいね。
そういえば母校のアーチェリーのほうの成績はどうなのだろう?
ああ、ボウリングどんどん下手になるなあ。

一体ほうくはサラリーマンとしてどうなのだろう??
そんな毎日なのか??

そんな毎日です。

筋肉の悲鳴

更に筋肉痛だ。

ただでさえ筋肉痛なのに昨日またボウリングをやってしまった・・・。

急激にやっちゃったからなぁ。
1年振りなのに打ちっぱなし150球打っちゃったし。
ドライバー中心に振り回しちゃったし。
さすがに翌日のボウリングは3ゲームが限界だったが。

密かに芝刈りに燃えているなんて知られたら・・・。

それにしてもこの痛さは緊張感を伴うもので甚だ遺憾である。
必要に応じて適切に対処したい。

などと言っているとわけが分からないわけだが、運動不足丸出し状態である。
こんな状態で連休の予定が休む暇なしなのだからつらい。
ゴルフの翌日くらいはじっとしていたい。
悔しくてまた練習場に行くなんてことは避けたい。
つまりはなんだ、翌日練習場に行くのを避けるために今練習場に行っているということか?
そのためなのか??

いずれにしろ現在筋肉は悲鳴を上げている状態だ。
時間が解決してくれるのを待とう。
ボウリングもスコア的にぼろぼろだったし。
無理してはいけない。
今は高く跳ぶために身を屈めている時なのだ。
きっと信じられない跳躍があなたを待っているはずだ。

ほんとかよ。

スポーツが好きなわけ

スポーツが好きな理由は、そこに参加者が共有するルールがあることだ。
審判は必ず存在し、たまには間違いがあり、競技の勝敗や優劣を左右してしまうこともあるが、基本的にはルールに従った競技が行われる。
目指すは勝利であり、頂点であり、参加者はすべてそれを決められたルールの下に競い合うのだ。

アーチェリーをしていたのは、以前にも書いたが誰のせいでもなく得点が決まっていくという実に単純なルールの競技で自分を試してみたかったということがある。以前は違う動機を書いたけどね。

なので審判に過大な権限がある競技はもうひとつ共感できない。たとえば「美しさ」という非常に主観的な部分の優劣を判定することにはちょっと抵抗がある。

ルールということにおいては、スポーツ競技以外の世界では存在しない場合が多い。
多くの場合立場の優劣、政治力、感情、表現力、交渉力などによって物事が進んでいく。
法律というものだって守られないことも多いし、それが国と国の話になればもはや形を変えた喧嘩や言い合いでしかない。

スポーツに惹かれるのは、目標が純粋で結果が誰の目にも明らかである場合が多いからだ。(「多い」というのは「すべて」ではないこともあるみたいだということが分かってきているので。)

「勝利」はすべてではない。
それを目標に設定し、それに向かって努力し、ルールに従って競技し、人として成長していくことにこそ意味があると思っている。
アーチェリーという競技を通し、人として成長することができた。
社会に出てからの成長のほうが大きいという人も多いと思う。
でも、政治力や根回しや交渉力や人の使い方や言葉の選び方やずるさやそんなものよりも大事なものをスポーツは身につけさせてくれるはずだ。
もちろん人によってはスポーツじゃないと思うけどね。
でもそういうものって必要じゃないだろうか。

スポーツは肉体の競技だ。やっぱり己の肉体を使って努力の成果を発揮する(時には発揮できない)、そして結果をばねに次への飛躍を心に期す。
そんなスポーツの世界って、いいんじゃないのかな。

スポーツマン?

「新郎は学生時代ラグビーをやっており、そのスポーツマンらしさに・・・・。」
って単に運動選手だっただけじゃないか。
運動選手=スポーツマンなのか??

運動選手(つまりアスリートに近いのか?)がみんなスポーツマンとは限らないはずだ。
それに昔ビートたけしも言っていたが、へたに運動選手のほうがろくでもない奴が多いくらいかも知れないぞ。

スポーツマンとは?

スポーツの上でもきちんとルールを守り、極めてフェアに競技する選手のことか?
熱くなったから、スパイクの裏見せてタックル。うーむ。これはスポーツマンじゃないかも。
審判の見ていないところで膝蹴り(またはストイコビッチに頭突き)。これも違うかも。

「スポーツマンシップにのっとり・・。」
なんて選手宣誓しているが、本当にのっとっている選手とそうじゃない選手が入り混じっているから怖い怖い。
特に直接相手と肉体的接触のある競技は難しいかも。
真ん中にネットがあるとかなりフェアな競技ができるのかも知れない。

なんでスポーツマンの話やねんということだが、要するに単に運動競技をしている人間全部をひとまとめにしてスポーツマンとか言われると違和感を感じるということなのだ。

本当にスポーツマンなら社会のルールとかもきっと守ろうものなのだろう。
でも単に運動選手であるだけなら、そこはきっちり区別しようじゃないか。
元プロ野球選手だって犯罪を犯すし、元「スポーツマン」の国会議員だって何してるかわかったものじゃない。

どいつもこいつもスポーツマンなら、本当にスポーツマンな人がかわいそうじゃないか。

今日はネタ的に無理があったか??
でも本当に思っていたので許してもらいたい。
少なくとも披露宴のスポーツマン連発はやめようよ。

田舎暮らしのひとへ

3月3日はひな祭りである。女の子のお祭ということになるわけだが、今日は「ひな祭り」ということを教えると、息子が「ひな祭りに行きたい。」と言った。どうやら出店が出て綿菓子を食べたり金魚すくいができるお祭と思っているらしい。さすがは子供。

去年から宮城県のとある村に住みだした女性からメールが来た。負け犬ではない自称「野良犬」ということだが、この女性とは会社で同期でかつ一緒に仕事をした、まあ言ってみれば戦友とでもいうべき存在なのだ。元気に毎日奮闘している様子が文章からうかがうことができて、元気にやっているなあとちょっとこちらまで元気を少しもらった気がした。

「男はつらいよ」シリーズを個人的にとても好きなのだが、このシリーズに一貫して底流にあるのは「幸せとは何か?」というテーマだそうだ。描かれる風景は日常のたわいもないどたばたの中に人と人とのつながりや思いやりなどの感情など、本当に人間の機微を感じさせるシリーズなのでテレビ東京で一年以上にわたり放送したときはほとんど欠かさず録画をしたくらいだ。
この「幸せとは何か?」というテーマは、ほうくの人生のテーマにも通じる。

幸せとは何か?

今年はこのテーマに従い、一日一日を大事に生きていくことを目標としている。何かがしたいと思ったら先延ばしにせず、できるだけ今日やってしまおう。
そんな小学生の宿題のような目標を持ちながらここのところ生きているわけである。
つまり、サッカーが観たいと思ったら早速チケットの手配をしてしまえということだ。そんなことを2年くらい前から心得て、結果として自分の好きなスポーツ観戦の機会が飛躍的に伸びることとなった。
このブログを始めたきっかけもつまりはそういう理由によるところが大きい。

彼女は自分の生きたい形を実現しつつある。(田舎暮らしの彼女の話に戻るのだが。)
自分はどうなのか?常に自問自答しつつも毎日の子供たちへの対応や仕事、嫁とのやりとりなどで流されつつある。
それでも今この瞬間に風呂に入って大きな息を吐くということをその場で実感することが大事なのだと思いたい。まあ今この瞬間はパソコンの前なのだが。

間もなくJリーグも始まる。今年中心として見たいチームも大体固まった。カレンダーはサッカーと千葉ロッテの予定で埋め尽くされていて嫁にちょっと呆れられた。
全部は無理だ。しかし可能性だけは持っておきたい。その試合、その場所で体感できるスポーツの瞬間は二度と再現できないものだから。

今回はそんな感じ。
メールをくれたSちゃん。ありがとう。

風の子

と言ってもエウレルのことではない。
あまりにも分かる人限定的だったか。ちなみに元ブラジル代表、鹿島にもいた選手のあだ名である。

つまり風邪を引いてしまったのだ。鼻水がとめどなくあふれ出し、のどの奥へ染み渡っている。
♪だ・れ・か はなみずを と・め・て はなみずを いーきがー いーきがー くるーしーくなるー
(ロマンチックがとまらないより)

その昔、高校時代の教師が「なに?風邪?気合が入っていないから風邪なんかひくんだ!」などと言っていたことが思い出される。
(自分だって痔じゃないか。気合入ってれば痔になんかならないんじゃないのか?)などと毎度毎度思っていたこともまた思い出される。

そういうことであまり元気がない。
スポーツを語るときに病気なのはかっこ悪い。

そういえばマラドーナは知らなかったがどうやら日本のアニメのファンのようだ。高原がボカに行った頃からなのだろうか?きっとそうだ。
それにしてもあんなにファンだなんて。絶対千と千尋の神隠しの大ファンだ。千尋が助けに来てくれるのを待っているのに違いない。

いかん。上を向かないと鼻水がたれてくる。
今日はここまで。

ミスター・ボーゲン

まささん、コメントありがとう。
しかし「まささん」とは、まるでベテラン刑事の風格だな。
では、今回は敬意を表してスキーでいくか。

「ドラえもん」で、雪が降ったある日、のび太やしずかちゃんたちは家からスキーの板を持ち出して外でスキーをやっていた。
一体のび太たちの住んでいるのはどこの町なのだ?どう考えても都内とは考えられない。しかも小学生でスキーを持っているのが普通にあるって・・・。

そんな疑問を持ちながら、スキーは遠い世界のブルジョワ階級のスポーツだと思っていた。大体上から滑って下に下りるだけって、何が面白いんだ??
面白いんだ、これが。
初めて行ったスキー場は上越国際だった。大学生になるまでスキーに全く無縁だったのでスキーを履いた瞬間に転んだ。こ、これは・・・。スキーの威力、恐るべし。歩きにくいことこの上なし。死して屍、拾う者なし。
まあそれはともかく。

やさしくて可愛い女の先輩に教えてもらい、数知れず転倒により死神とすれ違いながら、気がつくとボーゲンで一直線に滑っている自分がいた。一緒に行った先輩や友達などは誰一人いない。熱中しているものだから何度も何度も自分のレベルにちょうど良い初心者コースで、休憩もしないでひたすら滑っていた。
スキー制覇。
そんな囁きが聞こえた気がした。

しかしそれはほんの最初の一歩だったのだ。その後空白の期間を経て、再びゲレンデに立ったとき、相手は斜面ではなかった。
恐怖との戦いが大々的に、壮大なスケールで繰り広げられたのだ!

なんだか良く分からなくなってきたが、スキー場でちょっと余裕が出てきた頃、小さな子供が一心不乱にボーゲンで一直線に滑っている姿をリフトの上から眺めたりすると、なんだかとても懐かしく、微笑ましく感じたものだ。

しかし今はまた暗黒の空白の時代に突入している。スノボもやったことはないし、大体ザウスがなくなってしまった現在、身近にスキーに行く機会もなくなってしまった。自分は湾岸スキーヤーだったのか。少年隊の歌が懐かしい。

私のスキーは「つづく」で中断している。行く機会があれば、もっとうまくなりたい。
ちょっと前にミスター・ボーゲンは卒業した。しかしこのミスター・ボーゲンはちょっと間をあけるとすぐに向こうからやってくるのだ。うーむ、油断のならない奴だ。

今度スキー場に行くときはきっと子供とそりをやるのだと思う。そのとき、あの幻のミスター・ボーゲンの姿をあなたはゲレンデで見ることになるかも知れないのだ!

いつからサッカーが好きなのか

いつからこんなにサッカーを好きになったのだろう?
考えてみればいつからなのか良く分からない。
39年も生きてきてどこからサッカーに魅せられたのか考え出すと遠い記憶を遡ることになる。

親父がサッカーをやっていたという事実を知ったのはいつだったろう?
Jリーグ開幕時名古屋グランパスの監督をやっていた平木さんが先輩だと言っていた。高校でサッカーをやっていたらしい。

そういえば昔東京12チャンネルの三菱ダイヤモンドサッカーを毎週のように見ていた記憶がある。その頃解説は岡野俊一郎氏で、実況は金子アナウンサーだった。この番組は45分番組で1試合見ようと思ったら2週にわたって見なければならないという画期的な番組だった覚えがある。サッカー人気は当時はあまりなく、この番組も最後のほうは30分番組になって、なんと試合自体もダイジェストされるようになっていた。
当時の中継は「世界最高峰のブンデスリーガ」だった。良く歴史は分からないのだがドイツのリーグが中継されていた。覚えている選手はブライトナー、カール・ハインツ・ルムメニゲ、そして日本人初のプレーヤー奥寺である。リトバルスキー、ブッフバルトも当然知っていた。
あの番組は親父が見ていたのを一緒に見ていたのだ。きっと。
だからといってサッカーをやっていたわけでもない。小学校3年生のときに視力が落ちてメガネ生活に入ると、なんだか自然にスポーツだめお君的な扱いになり、小児喘息を患っていた関係もあって結局クラブ活動だってブラスバンドとかだった。
小学生の時に体育の授業で初めてやった「ラインサッカー」は覚えている。実は生涯最初のゴールを決めている。そんな記憶はずっと持っているのだから小学校の体育の授業は侮れん。侮れないのだ、教師諸君。

木村和司の伝説のフリーキック。リアルタイムで見てました。それでも負けたのだが。
オリンピック出場がかかった中国戦、見てました。水沼選手出てました。でもだめだった。

母校が全国高校サッカーに何度か出場したことがある。サッカー観戦はこのときが初めてだった。うちの高校は東京のぼっちゃん学校とか言われるところで応援団というものが存在しなかったのだが、このとき初めてクラスでも元気の良い奴が応援団長として気合を入れて応援したことが思い出される。母校はサッカーが校技だったので、サッカーは盛んだった。体育の授業でサッカーなんてことになると、それこそ全国レベルのサッカー部の連中が各チームに分散してキャプテンになるので授業でのサッカーのレベルも高かった。

いつからサッカーが好きなのかに絞ろう。人生はサッカーとともに歩んでいるのだから歴史を並べだすときりがないことが確認された。
つまり「サッカーは気がついたら生活の一部だった。」ということだ。結局。最終的に。そういうことにしたい。
サッカーのネタは尽きないのだ。今日もそして明日もサッカーは続く。サッカー好きの歴史は長くても短くても、サッカーが好きだという気持ちは大事にしていこう。
傍らにサッカーのある人生。いいんじゃないの?

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