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アタックチャンス

高校一年で修学旅行に行った。
場所は九州で、良く覚えていないが北から南まで縦断するような日程だった。
でも結構雨続きだったような・・・。

最後の夜かなんかにクラス毎に舞台の上で出し物をすることになった。
考えてみれば酒も飲まずに良くやるよという感じだが、ビール飲んで赤い顔をしている先生たちの前で結構みんな楽しんでいたようだ。

ぼくらのクラスはというと・・・。
物真似芸をやることになった。
ほうく自身も昔から結構物真似をするのが得意だったのだが、もう一人ノリノリで物真似をさせると最高に面白い奴がいたのだ。

彼の名はR太郎としておこう。
ほうくはこの学校に中学3年から入ったのだが、その頃の彼は割と地味だった。
しかし周りで物真似とかやって盛り上がっているうちに次第にその隠れた才能を開花させていったのだ。

R太郎の持ちネタの一つがパネルクイズアタック25の故児玉清さんの物真似だった。
博多華丸がやるはるか前に、R太郎は児玉清さんの独特な司会に着目していたのだ。

曰く
「児玉清はパネルの取り方に厳しい。」
とか
「答えが外れた時のリアクションも厳しい。」
とか、とにかくそういう点に目をつけて指摘する視点が鋭くて感心してしまった。

似ている、似ていないは関係なく、ノリノリでR太郎が物真似を生き生きとしている様は観ていて本当に楽しかった。

もちろん児玉清さんの物真似に限らず、当時の先生方の物真似芸はとても面白かった。
その修学旅行が終わってからしばらく、授業で教科が変わって違う先生が来るたびにR太郎やほうくは代わる代わる、その持ちネタの先生の物真似を本人の前でやらされたものである。

ま、それも結構楽しかったけどね。

だから博多華丸が児玉清さんの真似をしてブレイクした時も、ほうくにとっては二番煎じに映ってしまったものだ。
だってそのはるかはるか前に、腹抱えて笑って見てた物真似なのだから。

考えてみれば僕らが中学・高校時代から児玉清さんはアタック25の司会をやっていたのだからすごいことだ。
僕らだってもう結構いい歳だって言うのに。

だから児玉清さんの訃報に接した時に、一番最初に浮かんだのがあの修学旅行の夜だったのだ。
残念ながらその晩の優勝は別のクラスにさらわれてしまったが、個人的には僕らのクラスが優勝だったとほうくは思っている。
だって、あのステージはやってるほうも面白かったからね。

もう多分20年くらいR太郎と連絡も取れない状態だが、出し物を決める時の何だかオーディションみたいなのをやらされたことや、アタック25のネタの打ち合わせや、あのステージの上から、観ている同級生たちの顔が笑顔になった時の何とも言えない高揚感は今でも忘れられない想い出だ。

そんな想い出の児玉清さん。
心からご冥福をお祈りします。

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コメント

いや~思い出しますね~
演芸大会!

でもビールは飲んでましたよ。バスの一番後ろの席で!

(ビール飲んでたのは別の遠足だったかな?)


あと、布団蒸しだか枕投げで負傷者が出た(俵孝太郎にそっくりだった人)記憶もあります。

○千葉県民・明日からロンドンさん
というかとっくに行ってたみたいですが。
それからなんでビール飲んでるんですか!ほうくなんかそばで後の弥太郎的な奴がカード麻雀で遊んでいるところで、後の動物の権威をR太郎と二人でがんがん笑わせてたのに・・・。

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