初詣
先日、ずいぶん遅い初詣に行って来た。
我が家は葬式は仏教、初詣は神社といういつもの日本人パターンの方式を採用している。
宗教の話は難しいのでやめとくが、日本には世界に類を見ない「寛容な」民族であり、すべてのものに神様が宿るという、八百万(やおよろず)の神の考え方があるため、基本的にあらゆる神様がそこに含まれているという実に平和な考え方らしいのでそれに乗っかっているわけだ。
ということで今年も船橋大神宮に行った。
思い起こすと初詣は今までいろんなところに行った。
子供の頃は親に手を引かれ、あの明治神宮の大行列に並んだこともあったし、成田山に行ったこともある。
ちょっと大きくなって確か浪人時代だったと思うが高校の同級生数人とどっかで飲んでいて、そのまま飲み屋の近所のお寺に行って甘酒かなんかを酔っ払いながら飲ませてもらった記憶もある。(時効)
もちろん親の仕事の関係や自分の仕事の関係で年末年始を海外で過ごしたりすると、この初詣という行事はできないことになる。
頻繁に神社に行っているわけではもちろんないので、年に1回くらい、家族やなんかの安全を祈ったりして、それから騒ぐ子供たちに綿菓子やなんかを買ってやってついでに自分も食べたりするのは結構好きだ。
ずいぶん遅く行ったとはいえ、同じような初詣の人たちが賽銭箱の前に行列を作っていた。
最近はお願いも大人の感じになってきている。
今年も家族みんなが健康で平和に暮らせますように、とかそんなことだ。
あの娘とうまくいきますように、とかどこそこの学校に受かりますように、なんてお願いははるか忘却の彼方にいってしまっているらしい。
そう言えばずいぶん前に井上陽水と忌野清志郎との会話のエピソードをそのどっちかが語っているのを見たことがあるが、
「いやあ、あのロックだ何だと昔言ってた奴が今は仏壇の前で手を合わせると落ち着くって言うんですよ。」
というようなものだったが、それが分かり始める年齢に来ているようだ。
ということで、こんな金額でどこまでお願いしようってんだ、と神様がぼやきそうな賽銭を放り込み、今度はおみくじを引いた。
ふっふっふ。
はっはっは。
おみくじが大吉だっただけでなんだか無敵な感覚だ。
今まで大吉を何度か引いた結果がどれほどの年だったのか定かではないが、きっと自分が気がつかないくらい幸運な年だったんだろう。
今年もそう願いたい。
そしてほうくの大吉が皆様の上にも広がるように心の底から願わずにはいられないのである。
そんな感じでどうでしょう?
« 小岩と大石はどっちが大きいのか | トップページ | エースやタロウやかとちゃんや »
コメント
この記事へのコメントは終了しました。
大人の随筆って感じでいいですね。
最後の偽善な感じがたまらない!
でも私は、家族連れの初詣だろうと
もっとヨコシマな内容を祈願してます。
投稿: エセ富豪 | 2010/01/16 19:51
○エセ富豪さん
はは、偽善がバレましたね。
でも神様に変なお願いするとかなわないばかりか罰も当たりそうで、できませんでしたねぇ。
来年お願いしてみようかな。
投稿: ほうく | 2010/01/18 13:17