« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »

フクアリの真実

もう1週間前になってしまったが、Jリーグ再開初戦となるジェフ千葉対ガンバ大阪戦を19日(水)にフクダ電子アリーナに見に行った。
しかし平日のジェフの試合だというのに、すごい観客数だった。
1万5000人入ったのだから大したものだ。060719
ちなみに2年前の春先にジェフ対エスパルスのナビスコカップ予選を市原に見に行ったときなんか観客数4000人だった・・・。
同じ日に東京ドームで行われたヤンキースの有料練習見学が3万人くらい入っていた記憶がある。
もちろん週末の確か土曜日くらいだったと思うが・・・。

つまりはジェフ千葉は完全に注目の的となったのということである。
スタジアムが新しくなり、日本代表にサプライズで巻が選出され、日本代表の監督にオシムが任命された。
2年くらい前、オシムが就任してからのジェフの試合を見て、サッカー狂の上司に
「いやあ、最近ジェフが面白いですよ。」
と言ったら、
「じぇふっ???ふっ。」
みたいな感じで全く相手にしてもらえなかったのが遠い昔のようだ。

やっぱり新しくサポーターというかファンになった人が多いのか、あるいは購買意欲が強いのか、新しいレプリカユニを着ている若い人が目立つ。
そこで昔の緑が入ったのを着ている人は
(俺は昔からのサポーターだぜ。ふっふっふ。)
みたいな主張がほのかに感じられるところだ。
ほうくは会社帰りの身なので、クールビズのノータイ姿。
でもちょっとは雰囲気出したかったので羽生のタオルマフラーを首に巻いていた。

それにしてもいつも思うことだがサッカーの競技場の売店の行列はどうにかならないものだろうか。
試合開始前とハーフタイムしかないからという事情は分かるのだが、売店がいつも長蛇の列だ。
この日もビールくらいは買っとくかと友達と並んだのだが、列が進むのが遅すぎ。
携帯で遊んでいてふと気がつくと目の前におっさんが何気ない顔で割り込んでるし。
いやいやいやいや。
呆れて物も言えんが、もちろん撃退しましたよ。
フクアリの売店に並んでいて、割り込みのおっさんを追っ払った光景を見た方、追っ払ったのはほうくです。
つまりはそんなトラブルが出るくらい売店がさばけなかったわけで。
結局試合始まってるのに並んでいたくらいだ。
これで点が入ってたら泣くところだぜ。

ということで試合はジェフがハースの得点で先制したが、その後決定的なシーンを決められずにいるうちにガンバに2点取られて万事休す。
攻め合いで面白い試合だったが、アマル・オシム監督の初戦を飾れなかった。
ちなみに新監督も「オシム」なのだが、「アマル」と書いているニュースも多かった。
どう呼んであげればいいのだろう?
やっぱり代表監督の息子だから「ジュニア」なのだろうか。
でもそれって一族会社みたいでちょっといやだなあ。

みたままつりをみたまえ

久しぶりに靖国神社を訪れた。
13日(木)から行われている靖国神社のみたままつりを見るためだ。
小泉首相がちょうちんを奉納したらしいが、そんなことはともかくとして暑かったぞ、靖国神社!
まあ靖国神社のせいではないので別によいのだが。
天気が微妙で雨は結局ぎりぎり降ったか降らないかだったのだが、湿気が不快指数285くらいの暑さだった。
死ぬ・・・。

この祭りは「靖国神社がお盆にちなんで戦歿者246万6千余柱の「みたま」を慰めるため、戦後の昭和22年から始めたもの」なんだそうである。

入ると音楽に合わせて既に盆踊りの真っ最中。200607130001
それに参道の両側にものすごい数の提灯がかかっていて、きれいな感じになっていた。
訪れる人の数もえらく多く、浴衣姿のおねえさんたちが唯一爽やかな風をほうくに吹かしてくれていた。
ありがとう!おねえさんたち!
屋台もたくさんの数、種類のものが並んでバラエティに富んでいて祭りのわくわく感を久しぶりに味わってしまった。
この辺はとても単純なだけに楽しめたわけだ。

しかし何かと物議を醸す靖国だけに、
「YES!YASUKUNI!!」とか叫んでいる外人もいたし、
君が代を大声で歌っている若者たちもいた。
うーむ。
実に微妙な感じだ。
でもほうくも戦争で亡くなった方たちのみたまは慰めたいし、国を愛することの大切さも感じていたい。
ということでほうくも一人の私人として来て、一応お参りもした。
おみくじを引いたのだが、正月の「大吉」がこの日は「小吉」へとランクダウン・・・。
無念の靖国を後にし、神楽坂で一杯となった。

歴史に思いを馳せたわけだが、後半はあまりの暑さに冷房への思いだけが募った、そんな夜だった。

コンダラって何?

中学の頃、海外から帰国したてのほうくが授業を受けていると、先生がこんなことを言い出した。
「お前たちの中にもアンパンやってる奴がいるんじゃないのか?」
中学3年とは言え、海外から帰国したてのほうくは、
(ん??なんで?あんぱん美味しいよな。なんでそれがだめなの???)
と思っていた。
しかし神妙な顔で聞いているうちに、
(待てよ?アンパンって聞いたことあるな。ひょっとして!?)
そう、それが隠語であることに気付き、その喜びとちょっとした気恥ずかしさに周りを見渡した中学生のほうくだった。

その関連でいくと、友人Aは、子供の頃「うぐいすパン」が怖くて食べられなかったそうだ。
中に本物のうぐいすが入っていると思っていたらしい。
子供ってかわいい。

更にこの友人Aは、「巨人の星」の主題歌の最初のところで
「おーもーいー こんだーら」
という歌詞を
「重いコンダラ」
だと思い込み、あの重そうに引いているグラウンド整備用のローラーを「コンダラ」という名前のものなのだと思っていたそうな。

ほうくも子供の頃、「台風いっか」という言葉を聞いて
当然「台風一家」だと思い込み、3個くらいの台風がまとめてやって来るのだと思っていた。
みんなも?
なんかちびまるこちゃんでも同じ話をしていたと思うが、やっぱり同世代なので通ずるものがあるのかも。

中田をオシム

いやいや、だから頻繁に更新しないんだからこんな大ニュースいきなりやめてよ。

日本代表の中田がなんと現役引退を発表した。
代表引退はあるかなと思ったし、あの涙を見ても中田の情熱はすごい、きっとこれからも続けてくれると信じかけていたときにこのニュース。
サッカー界で日本の一番前をずっと走り続けてきた中田なのでいろいろ思うところはあったのだろうが、本人が決断したのだから今後の活躍を祈りたい。

中田はベルマーレ平塚に入った頃からそのプレーが注目されていて、ニュース番組でも解説者絶賛だったのを覚えている。
中田の代表デビュー戦は生で観戦した。国立での韓国戦だった。
その後98年フランス大会のアジア予選、激闘の中の活躍。
あの最後のイラン戦で城に上げた同点クロス、そして岡野のVゴールを呼ぶシュートなどきっとこれから何度も流されるんだろうなあ。
そしてイタリアに渡ってデビューのユベントス戦で魅せた鮮烈な2ゴール。
その後もクロアチアのラパイッチとのコンビで何度もペルージャの勝利を呼び込んだ。
ローマに移籍してからはトッティの控えに回ることが多かったが、あの優勝の絡むユベントス戦でのゴールは「トロフィーの一部は中田によるもの」とどっかに書かせていたくらい重要なゴールだった。
その後クラブチームでは大きな活躍はあまりできなかったが、やはり代表では存在感が大きかった。
周りには大きすぎたかも知れないけどね。

ということで「中田の代表デビュー戦を生で見た。」と一生言い続けることが確定してしまったが、一人の偉大な選手が、しかも圧倒的に年下なのに引退してしまった。
カズ、ゴンは現役でやっているのに、この辺は生き方の違いかな。

ほうくなんて中田より圧倒的に年上なのだが、現役引退したら家族が路頭に迷ってしまう。
ある意味羨ましいところだが、ここは素直にその偉大さを認めておこう。

それにしても「オシムを惜しむ」なんてめちゃくちゃありきたりで誰でも使う題名であえてエントリーした日に中田引退のニュースなんだから仕方なく2日連続。
「中田を惜しむオシム」なんて記事がのってたぞ!
もうその辺でやめとこう!
「オシム、中田を惜しむ」とかね。
もういいっちゅうの!

オシムを惜しむ

ジェフ千葉のオシム監督が日本代表の監督就任がほぼ内定したようだ。
とても素晴らしい監督だと思うし、なったらなったで必ずや日本代表の発展に力を尽くしてもらえると思うのだが・・・。
ジェフ千葉を応援する立場としては複雑だ。
でもなぁ、代表も強くなって欲しいし・・・。
一方でジェフが強くなったのは間違いなくオシム監督の力による部分が大きいし。
だからといっていつまでもオシム監督が続けてくれるわけではないことも分かっていたことだし・・。

なんてことを考えるとむしろ良い形に収まった気もする。
シーズン途中だったのだけが計算外ではあるけどね。

それにしてももしオシムが代表の監督になったら誰を呼ぶんだろう。
ジーコはほうくを呼ばなかった。(当たり前。)
多分オシムもほうくは呼ばないだろうな。(当然。)
オシムはほうくを評価はしているが呼ばないのだ。(妄想。)
一番重要なのは、ほうくは走れないし。(運動不足。)

そんなことはともかく。
まだまだワールドカップは続いている。
そして人生も続くよ。(オシム風に。)

ちなみにジェフの監督はやっぱりオシムだよ。
息子だけどね。(オシム風に。)

« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »