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電車の中その5

夜遅い休日の電車に一人で乗ってちょっとうたた寝をしていたら、横の扉のところに誰かが立てかけていたスキー板が倒れてきて膝を直撃したことがある。

朝の通勤電車が殺人的に混んでいて、にもかかわらず揺れが激しかったりして疲れ果てて目的の駅に降り立ったとき、ふと腕時計を見たらガラスが木っ端微塵になくなっていたことがある。

中学の頃だろうか、一人で学校帰りの電車に乗っていたらとっても怖そうな他の学校の生徒が2,3人で寄ってきて、(ちょうど学生服のボタンの数が多かったので)
「おお、ボタン多いなー、いーち、にー・・」
と数えられたことがある。(もちろん目を合わせないようにしていた。)

学校帰りの電車の中で友達3人くらいで面白そうな吊広告を見て楽しく話していたら、そのすぐ下に立っていたちょっと危なそうなお兄さんに
「なんだよ。なに笑ってんだよ。」
とすごまれたことがある。

電車の中で気持ち良く座って寝ていたら、前を歩いていたおばさんが電車の揺れに体勢が崩れ、全体重の乗った分厚い靴底で思いっきり足を踏まれ、あまりの痛さに(直前まで寝ていたのに)立ち上がったことがある。
しかもなぜか「すいません。」と謝っていた。

気持ち良く座って寝ていて油断していると、なぜか目の前のおばさんのカバンが膝の上に乗っていることがある。
いや、紐は持っているけど、あなたのっけてるでしょ。
でも微妙に時折持ち上げていたりする。

電車の中って・・・。
怖い・・・。

奇跡が起きたら奇跡

残念な結果となった。
もともとブラジルに勝つことさえ難しく、しかも2点差以上なんてそんな力があるのはアルゼンチンか、98年のフランスくらいのものなのだから最初からやばいことは承知の上である。
これまできちんと取るべきところで勝ち点を取っていないつけがきたのだから。
夏休みの最終日の夜に宿題全部片付けようというのがそもそも無謀なのだと。
たとえ間違ってたかな?

日本がやるべきことはとにかく守って守って勝負のカウンターで2点取る、それだけだったはずだが先制点を取ったところで「まだ次の点」という意識があったのか守備がおろそかになった。
解説の木村和司氏も言っていたが、基本的に中盤のつなぎのところでボールを失ってはカウンターどころか逆にピンチのオンパレードだ。
試合展開として、アジアはいいとしてワールドカップレベルの大会であれば、守備のできない選手は日本チームでは無理なようだ。
もちろん勝負どころのシュートを打てない選手もだめだけどね。

応援しましたよ、ほうくも3時半に起きて。
青いレプリカを着て頭にタオルマフラー巻いて。
(嫁に「掃除してんの?」と言われてしまったが。)
玉田の得点が余りに見事であの瞬間は最高の気分を味わった。
あの得点があったからまだ救われている、というのが正直な感想か。

ということで日本のワールドカップは終わった。
ジーコとの4年間はここで終わりである。
次の代表監督が誰になるかは分からないが、監督経験のある、そしてそれほど強くないチームを上げた実績のある監督が良いと思う。
デシャンの名前が出ているらしいが、個人的にとても見たい、デシャン監督。
オシム監督は・・・。そんなに無理させないで!もう歳なんだから。
それにジェフは監督の力が大きいんだから勘弁して!

ということで今大会の成績、1分2敗、勝ち点1。
得点2、失点7。得失点差-5。
この成績では予選リーグ敗退は残念ながら順当であったと言えよう。

でもワールドカップは続くよ。
他のチームも素晴らしいプレーをしているし。
決勝までの戦いも続く。
そして人生も続く。
いい言葉があった。
「すべてをなくしたとしても未来だけは残っている。」
誰の言葉か忘れたが。

21年前のコーヒー売り

1 すっかり話が前後しているのだが、6月16日(金)に神宮球場にプロ野球交流戦のヤクルト対千葉ロッテを見に行った。

たまたまその日に東京への外勤をわざと入れていたのだが、予報が雨だったのでおとなしく帰ろうかと当初は思っていた。
しかし雨は上がり、金曜日の夕方に東京駅で解放されたほうくは迷わず神宮への道を選んだのだ。

神宮球場は実は思い出の場所である。
今から20年以上前に大学に入った年の最初のアルバイトが神宮球場のコーヒー売りだったのだ。
これはアーチェリー部の先輩が個人的につながりがあったらしく、新入生3人はなんとなく先輩の圧力に負けて放課後のナイターでコーヒー、暑いときはアイスクリームを売ったのだ。

たまに国立競技場に行ったりするときに横を通っていたが、久しぶりの神宮球場はなんだか暖かく迎えてくれているようだった。

早速内野指定席を購入して3塁側の千葉ロッテ席へ向かった。Photo_5
中に入ってすぐ、売り子のときに球場を一周するために歩いた階段があって妙に懐かしかった。
首からぶら下げた板というか浅い箱に、コーヒーが入ったポットを2つのっけて歩いたっけ。
売れないと重いし、やっと売れて軽くなったと思ったらずっしり補給されてふらふらになったような気もする。

一瞬でそんな思い出に浸ってから球場内の席に出ると既にゲームは始まっていた。
見回すと驚くほどロッテを応援するファンが多かった。
というよりも1塁側のヤクルトよりも明らかにロッテ側の人数が多い。
それが外野席になると千葉ロッテの優勢は明らかだ。

そして21年ぶりに見る神宮球場は「狭い」球場だった。
やはり最近は千葉マリンを見慣れているからかも知れないが、かつてのイメージよりはかなりこじんまりしているという印象で面食らった。
神宮球場は、なんだか東京駅の地下道のうちの古いもののような、新しくなる前の丸ビルのような、そんなノスタルジーをたたえて今も佇んでいるのだ。
もちろん席は長いすから1人がけに変わったり、時間の経過は感じさせたけどね。

その狭さを計算できなかったのかどうか分からないが、先発の小林宏はぼっこぼこにヤクルト打線に打ち込まれあっという間に降板。
試合も結局終盤ちょっと反撃したものの、4対8で完敗だった。

試合の途中、コーヒー売りが一度だけ席の付近に売りに来た。
次に来たら買ってやろう、そしておやじさんがまだ元気なのか聞いてみよう。
まだあの店はこの中にあるのだろうか。
なんてことを考えながら待っていたのだが、その後一度もコーヒー売りは現れなかった。
帰りに通路から覗き込んだお店はすべてシャッターが下りて、今やどの辺りに店があったかも覚えていなかったのでそのまま家路に着いた。

野球はスポーツだ。
基本はチーム同士の対戦である。
しかし、それに付随していろいろな思い出が個人的にはついてまわっている。
来年の交流戦もまた神宮に来ようか。
来年もまた昔のように迎えて欲しいからね。

決定しない力(りょく)

昨晩のクロアチア戦。
ほうくはそれに備えて先週の水曜、スポーツ用品店で日本代表のレプリカユニフォームを購入した。
ほうく用と息子のドリーほうくJR.用にLと130の2枚。
合計で\19,740である。
財布に一撃だが、その価値はあると思った。
そこまでの熱意がなければドイツへ「念」が届かないと感じていたのだ。
ほとんど宗教の世界に近いが・・・。

そして迎えた「運命の」クロアチア戦。
レプリカを着て、タオルマフラーを首に巻き、日本代表チップスとビールを用意して、37型プラズマスタジアムで試合開始を迎えたのである。Photo_4
選手入場時にタオルマフラーを広げて掲げていたら、嫁に笑われてしまった。

結果として・・・。

全敗での敗退はなくなった。
しかし・・・。

日本は勝てる試合をものにできなかった。
それはオーストラリア戦でも言えたことだが。
クロアチアは確かにいいチームだった。
ピンチも多かったし、川口のセーブがなければ負けていた。
しかし、それも含めて少ないチャンスで勝つプランだったはずだ。
しかし、2年間イタリアで1点も取れなかった選手と今年ドイツリーグで1年で2点しか取れなかった選手が2トップを組んでいるのだから、日本代表の決定力、推して知るべしである。
というか逆に日本にはものすごく「決定しない力(りょく)」があるようだ。
「日本の守備は素晴らしい。しばしば相手のゴール前で相手の守備までこなしている。」(スポーツほうくより)

ということで最終戦のブラジル戦。
ジーコも「最終戦」と言っていたが、やっぱりこの試合で終わりと予感しているのか?
それはともかく、何が起こるか分からない。
可能性としてはまだ残されている。
ほぼ絶望なのだが。
これってちょっと前にもあった気が・・・。
そうだ!野球のWBCでも似たようなことがあったぞ!
歴史上初めて日本がブラジルに2点差以上で勝つ場面をもし見ることができたら・・・。
確かに新しい歴史が始まるのかも知れない。

そのためにはじゃないだろうか。
サプライズ男のサプライズな爆発。
もうこうなったら早朝でも早起きして見るしかないぜっ!
そうなのかっ!?

ワールドカップに夢中

ふとネットで日本代表のニュースを見ていると、小声で
「おーがさわら。」
と応援コールをつぶやいているのに気付いた。

車を運転しながら、気がつくと
「やなーぎさーわ。」
なんて言ってたりして。

やっぱり日本代表に夢中の40歳。

動けない日本

・・・・・。
ふぅ。

・・・・・。
はぁ。

そんなこんなで日本はオーストラリアに1対3の完敗。
やはり蕎麦屋が定休日でカツ丼を食べておけなかったことがすべてか・・・。
遠くドイツでの敗戦の原因が千葉県の片隅の1軒の蕎麦屋の定休日とは・・・。

ということでほうくも皆さんと同様がっくりときている。
この試合では信じられない光景を目にしてしまった。
べったりラインを下げた守備陣。
しかも最終ラインにすべて中盤が吸収されてしまって、ほとんどサンドバッグ状態。
これで点取られないほうがおかしい。

しかも散々チャンスを外したFW陣はもう疲れて守りも全くやらなくなった。
それに投入が「小野」って??
どう考えても「サーカス」小野の出番じゃなかったはずだが。
「フィジカル」稲本か一人でカウンター狙いのFWじゃなかったのか??

ということでスペシャル企画
ほうくが監督だったら、今選ばれているメンバーとは全く(怪我とか調子も)無関係に第2戦のメンバーをどうするか?

GK楢崎
DFは中央に闘莉王、左中沢、右松田
MFはボランチに福西、中田。右は加地で左は村井、トップ下中村
FWは久保と玉田

オプションとして試合後半、同点もしくは負けている時に松田を下げて稲本投入、4バックにして中田を1列前に上げる。
更にFWは調子が悪かったり疲れているほうのFWに代えて巻投入。
更に緊急事態の場合、村井を下げて大黒(または佐藤寿)投入。

すごく独断でごめんなさい。
ほうくのチームはフィジカル優先です。
もちろんこれで勝てるかなんて誰も分からないよ。
あくまでも独断ということで。

ということでまだ終わったわけではないワールドカップの日本代表。
次のクロアチア戦に全力を注いで欲しいね。
そしてジーコにはまだ仕事が残っている。
とにかくブラジル代表に向かって「分かってるな。」と連絡すること。
オーストラリアを粉砕させること。
そして、日本との対戦前も「分かってるな。」と連絡すること。
困ったときの神様だから。
勝敗云々を言う必要はない。
「分かってるな。」
これだけで大丈夫だ!

そして日曜日に向けてカツ丼あるいはトンカツを食べられるよう今からほうくも調査を開始しよう。
なんだか明るい気分になってきたじゃないか!
世界最大のお祭りで暗くなってもしょうがないしね。

眠れぬ夜

ついに始まったワールドカップドイツ大会。
ブログをアップするより毎日毎日試合を見ることに忙しくなっている。

開幕戦のドイツ対コスタリカ
コスタリカの1点目は先日の高原の得点をビデオテープで見ているかのようなシーンだった。
ドイツの最終ラインは高原が言っているように「なんとなく上げているだけ。」というのが実感できる試合だった。
でもやっぱりかさにかかって攻めてきたときのドイツの攻撃力は凄かった。
無失点に抑えようなんてコンセプトじゃないんだ、きっと。
4対2でも5対4でも相手より点を取るのが狙いだ、きっと。
そうじゃないならディフェンスは無防備すぎる。

いいねえ。
好き勝手に解説して。
お前何様なのかと。
そう、ただのサッカー好きです。

翌日のイングランド対パラグアイも見てしまった。
パラグアイの実力は南米でブラジル、アルゼンチンに次いで3番目くらいを争う強さ。
イングランドの中盤は、こんなに名前知られているのは初めてじゃないかと思うくらい豪華な布陣。
ジェラード、ランパード、ベッカムの3人が並ぶのは期待してました。
結局ベッカムのFKの威力だけが目立ったが、パラグアイだってきっとこのままでは終わらないはずだ。
この試合も欧州対南米の激突で面白かった。

更に面白かったのはスウェーデン対トリニダード・トバゴ
イブラヒモビッチ、ラーション、リュングベリなど有名選手を並べる北欧の勇、スウェーデンに対し初出場にして有名なのは年取ったヨークのみというトリニダード・トバゴ。
しかしやっぱりサッカーの面白さ。
無得点ドローでトリニダード・トバゴは優勝したみたいだった。
ちなみに皆さんご存知だと思うが、ヨークは元マンチェスターユナイテッドで活躍し、昨年はカズとシドニーでチームメイトだった。

ということで眠れぬ夜が続くのだが、本日はついに日本対オーストラリア
運命の初戦である。
みんな準備はいいだろうか?
青いユニフォームは着ているか?
いやいやまだ着なくてもいいけどね。
今夜勝つかどうかで向こう一週間の盛り上がり方が全然違うぞ。
頼む、いや信じている!
そしてスポーツほうくがついている!(役には立たないかも知れんが。)
もちろん昼飯はカツカレーだった!(カツ丼食べられる蕎麦屋が定休だった。)
ワイシャツだって侍ブルーだ!(周囲を見渡しても青いワイシャツの比率は全然高くない。)
いいのか、日本人!
一体、準備はできているのかーっ!!
運命の初戦、今度は間違えて違うチャンネルを見ないように!(ほうくだけか・・・?)

運動会2006

先日、そう、あの1年に1回の祭典、某小学校の運動会が開催された。
この日のために集まったサポーターは約1500人。(概算。ほうく勝手に発表値。たぶん全然数は合っていない。)
そしてそこでは赤と白という日本全国を二分するチームの伝統の一戦が行われた。
この赤と白という二つのチームは全国で毎年熱戦を繰り広げており、他の追随を許さない日本を代表する2チームである。2006
ほうくもかつてはこの両チームに属していたことがあった。(たぶんみんなもね。)

ほうくの長男、ここで名前は仮に「ドリーほうくJr.」としておこう。
このドリーほうくJr.が幼稚園に入って以来、ほうくは運動会に参加してきたわけである。
しかし幼稚園までの運動会では、この伝統の赤対白という日本を二分する(しつこいか)チームでの対抗戦は行われず、どちらかというとお遊戯の延長線上にあって帽子の色も青であったり緑であったりだった。

そして今年からは小学校の運動会である。
一番上の学年は小学校六年生であり、来年から中学生という人たちに混じって参加するわけだ。
小学校の運動会ともなれば規模も大きくなり、体格も徐々に成長していくわけで走る姿もかなりさまになってきている。

ドリーほうくJr.の出番は、小学校1年生の徒競争と、学年でのダンス、そして玉入れという3種目。
ほうくはこの日、ウイルス性腸炎であったにも関わらず、下腹部の鋭い痛みに耐えながら息子の活躍を会社を休んで応援に来てしまった。

そして最初の徒競争。
ドリーほうくJr.は、幼稚園のときは4位が最高順位だった。(5人中)
そしてこの日、ピストルの音とともに走り出したドリーほうくJr.は、他の4人をみるみる引き離し、あっという間に1位でゴール!
まさに下馬評を覆す活躍だった。(どこに下馬評があったかは定かではない。)

考えてみればほうくも小学生のときは紅白リレーに出るくらい足は速かったのだ。
中学生以降にほうくと出会った人たちはあまり足の速い印象はないかも知れないが、要するにスタートに合わせるのがとても苦手だったのは確かである。
気分良くドリーほうくJr.の勇姿を見て、お腹の痛みもしばし忘れる。

あとはダンスと玉入れだったので、ドリーほうくJr.の活躍の場はそれほどなかったわけだが、やはり運動会ともなると親たちのビデオカメラがすごい。
みんなわが子の勇姿をカメラに収めようと必死だ。
たぶん実際に競技を生で見るより、液晶画面を見ている時間のほうが長いに違いない。
つまり親たちの運動会は小さな液晶画面の上で展開されていたわけだ。
ほうくも実はそんな感じだった。

かくして運動会2006は終了した。
この某小学校では、ドリーほうくJr.の活躍もあって赤が白に僅差で勝利した。

この運動会でもっとも印象に残ったのは、小学生自らによる実況放送である。
リレーなどで何度も口にされる「まさにカモシカのような脚です!」にはウケた。
同じフレーズを繰り返してくれるので、(早くカモシカって言えっ!!)と何度も思っていた。
意味はなんだったんだろう?
足が速いって意味か?
でも「カモシカのような脚」って細くてすらりとしている意味だと思っていたのだが、速く走るという意味で多用されるものなのだろうか?
答えは運動会2007で探そう。

日本代表チップス再び

ふっ。2
また買ってしまったぜ。

というわけで日本代表チップスを再び6個も買ってしまった。
もちろん「第1弾」も「第2弾」も。
つまりカードも6枚手に入れたわけで、前回が渋い松田のカードだったので今回はどうなのかと思ったら、中村俊輔3枚に高原1枚、坪井、中田浩二1枚ずつという無難な感じだった。
ここで箕輪とか出てくると希少価値が出るかと思ったのだが・・・。
まあそれはいいとして。

昨日の早朝やっていた日本対ドイツの親善試合だが、驚くべきことに2対2の引き分けの上、最初は2対0で日本がリードしていたという展開だった。
しかも高原の2ゴールという素晴らしさ。
その後高さのセットプレーで2失点というのがいただけなかったが、まあこの修正を本番までにしてもらうということで。

そして同時に田中の代表離脱と茂庭の召集が決定。
前回失礼にも「渋いカード」扱いをしてしまった茂庭も晴れてW杯代表となったわけだ。
しかし何度も言うが、闘莉王は入れておきたい選手だと思うんだがなぁ。
ストヤノフだってそう言っていたのだし。

ということでかのディスカウントショップのワゴンからは急速に日本代表チップスが減ってきている。
このブログの影響か、(それはないとしても)日本代表の威力なのか。
いずれにしろ次に行ったときに売っている保証はなさそうだ。

いよいよ来週に迫ったワールドカップだが、まだ間に合うぞ、他の国もチェックだ。
日本ではブラジルの次にオランダの優勝予想が多いそうだ。
しかしどうしてオランダ?
ほうくも昔はオランダ好きだった。
でもオランダって内紛が多いらしいし、未だにクライフの時代の映像が使われているのはどうなのかと。
オランダ代表の一番のスターは誰かって?
そりゃファンバステンでしょう。監督だけどね。

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