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デジタルな生活その2

先日の記事から結局どうなったか?

今や我が家の居間にはなんと!37型のプラズマテレビが置かれているのだったっっ!!
もう、しばらくテレビがすべての生活にしないと生きていけないっっ!!

感動のデジタルな生活についに入ったのだっ!!

この感動を周りのみんなに言って回りたいくらいだが、しかし!
待てよ、一体周りの人たちはどうなのだ??
そういえば斜め前のあいつの家はシャープの液晶テレビだとか言っていたが全然その感動を語ろうとしていないし。
ひょっとしてそんなことに感動しているのはほうくだけなのか??
みんな普通にそんな生活に入っているのか??

ヤマダ電機の店員に見事にのっけられて買ってしまったプラズマテレビだが、その感動は家計への痛恨の一撃となっていることも確かだ。
これだけ痛んだ以上、感動しなければならないと思うのも心情だろう。

でもなんだかチャンネルが増えたので得した気分だ。
サッカーを見ようと思ったら今まで地上波、アナログのBS、千葉テレビしか選択肢がなかったのに、BS-iという局が増えた。
とっても嬉しい。
それに一昨日の千葉ロッテ対福岡ソフトバンクの試合、BSジャパンで見てしまった。
試合終了まで。
嬉しい。

まだまだ初心者だ。
CSだって良く分からないし、有料になりそうなものには手は出さない。
CSの無料チャンネルを見ようとしたら、「アンテナの角度を調整してください」とかメッセージが出たし。
もちろん調整する気なんてない。
ないぞー!!

うん、アナログ地上波、結構きれいじゃん。
結局アナログなのかも知れない。

ある日突然始まるその競技とは

その競技は唐突に始まる。
電車の中で、車の中で、あるいは道を歩いているとき、人は突如としてその競技が始まったことに気付き、自分がその瞬間から選手になったことを自覚するのだ。

その競技の目的とは、「ゴールすること。」である。
ゴールは自分自身で設定する必要がある。
過去の記憶、経験からできる限り短時間で自分のゴールを設定する必要がある。
しかし最初に設定したゴールを急遽変更することも可能だ。
なぜなら時間との勝負がもっとも勝利に近い道であるからだ。
周囲にゴールへのヒントが隠されている場合もある。
経験からもっとも近いゴールを導き出すこともある。

ゴールはサドンデス方式である。
勝つか負けるか、結果は二つに一つ。引き分けはよほどのことを除きありえない。
勝ちはゴールを決めることであるが、負けは「オウンゴール」である。
しかも敗北には決定的なリスクがある。
人間の尊厳を賭けた戦いなのだ。
負けるということは、人としての価値を否定されることに等しい。
恐ろしい戦いだ。
決して負けは許されない。

ゴールを駅に設定したとしよう。
駅にはリスクが存在する。
限りなくゴールに対する欲求が突き上げてくるにも関わらず、「待たなければならない」事態に陥ることがあるのだ。
目を血走らせ、若干顔も青ざめたゴールハンターたちが、限られたゴールマウスに押し寄せ、自分の番が回ってくるのを待っているのだ。
やっと自分の番が来たとしても、前の選手がゴールマウスを外している場合がある。
その決定力のなさに舌打ちをしながら、自分も時間もスペースもない中、最大限の決定力を発揮してシュートするのだ。枠に飛ばさなければならない。
冷静に。
チャンスは一度きり。
前の選手はオウンゴールはぎりぎり回避したが、ゴールを決められなかった。壮絶な引き分けであったらしい。よほどのことだったのだろう。
ジーコが「日本人はゴール前で焦ってしまう。」と、その決定力のなさを表現したことがあったが、日本の場合、欧米と違ってミドルシュートになる場合が多く、不安定な姿勢でシュートせざるを得ないことも決定力に影響していることを認識する必要がある。
そこで決めたゴールの快感は何物にも代えがたいのではあるが。

決して負けることの許されない競技。
それはすなわち自分自身との戦いなのだ。
真のアスリートは必ず自分自身に打ち勝たなくてはならない。
負けはすなわち、そこから家までの気の遠くなるような距離をどうするのかという絶望への転落を意味する。

電車の中で時々目を閉じて脂汗を流している者や、道を妙な中腰で時折小走りをしては急に立ち止まったりしている者を見かけたら、是非その瞬間サポーターとなって心の中で「頑張れ!」と応援して欲しい。
その人は今、敗北の許されない戦いを戦っているのだ。
ゴールに向かって、思うように動かない体を必死に引きずっているのだ。

明日はあなたがこの競技に挑むことになるかも知れない。
そのとき、弱気になってはいけない。
数知れぬアスリートたちが語るように、「経験と自信」があなたの助けとなるだろうから。

「絶対に負けられない戦いがそこにはある。WC」(ワールドカップではない。)

ラーメン大好きほうくさん

ラーメンを食べた。
船橋にラーメン横丁というものができて、ここに3軒の有名店がやってきた。(ちなみに今日現在は4軒らしい。)
そのうちの1軒「青葉」に雑誌に取り上げられた直後くらいに行って感動して帰ってきた。

ほうくは行列が嫌いである。
なんでラーメンごときにわざわざ遠くまで行って行列して、無言で食べて水飲んで帰ってくるのか理解できなかった。
しかし、この「青葉」というラーメン屋のラーメンはおいしかった。
なんか2種類のスープが混じっているらしい。
本店はどこだ、麺はなんだ、店員の接客はどうだ、なんていろいろ解説している人もネット上に存在する。
うまかったかどうかだけがほうくにとっては問題なのでそこはまあ本当に参考程度に拝見させてもらったが。

確かに1度目は感動した。
ベスト3に入る。
といってもそれまでベスト2までしかなかったので、1軒加わっただけなのだが。

しかしもう一度行ったとき、最初は全部の店が行列だったのにちょっと勝負がつきかけている。
ちばき屋というお店に入った。
3軒の中で行列ができているのが青葉だけになっていた。
ちばき屋は・・・。
普通のラーメンという感じで、特にコメントはない。
行列嫌いなほうくは決して行列しないと思った。

そして3度目、今度は3軒目の六角家に入ろうと思ったのだが、今度は行列ができていた。
行列に並んでいまいちはちょっといやなので以前感動した青葉へ。

最近のラーメン屋さんは若い女性が一人で行列に並ぶのか・・・。
感動した。
隣の席だったし。
しかも食べっぷりも豪快だった。
「ごんぶと」のCMのお姉さんを思い出したよ、いい仕事してるねえ。

青葉の2回目は・・・。
初回ほどの感動はなかった。
しかし相手はラーメンだ。
船橋においしいラーメン屋ができたことでいいじゃないか・・・。
しかも今日は隣が若くてきれいなお姉さんだったのだし・・・。

ラーメンを食べるためだけに行列をして、黙って席で出来上がるのを待ち、無言で豪快にラーメンを食べて、水飲んで帰る。
ラーメン屋にとっては真剣勝負だろう。
しかしこっちだって真剣だ。
なにしろおいしいと言う期待感で胸いっぱいにして横に並んでいるお姉さんの姿をちら見したりして待っているのだ!
これでおいしくなかったら期待の大きい分、落差もでかい。

ラーメンについて語る人のHPを見ていると「これってジーコ・ジャパンに対しての辛口評論と変わらないな。」と感じてしまった。
ジーコ・ジャパンはきっとおいしいと評判のラーメン屋なのだろう。

「店主のジーコがブラジル本店をお休みしてまで手伝っていた。
それにしてもこの戦術はなんだ。ジーコは熱いと言っていたが、全然熱くありませんぜ。
あっさり過ぎるからここは今野を入れて味を引き締めたほうが・・・・。」

なんて、意外とそのまんまだね。

でも家の近所で行列せずにとってもおいしいラーメン屋が一番いいんだけど。
そのときは看板メニューは「サッカーラーメン」でよろしく。
どんな味か想像もできんが。

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